要するに

その……(推しが今日も)かわいいよ♡

氷温とカカオ(2018)の表裏一体性


少年倶楽部プレミアム」加藤シゲアキプロデュース回を見ました。
まあ、予告になつかしの曲と書いてあったし、カカオなのは大方予想がついていた。
しかし、しかしだ。聞いてない!!!!こんなに「氷温」とリンクさせてくるなんて聞いていない!!!!


「氷温」というのは、2018年のNEWSツアー「EPCOTIA」で披露された加藤シゲアキ氏最新のソロ曲です。
円盤化未定。なので、ここで話す内容は大いにネタバレになりうるものですがご容赦ください。


今回の「カカオ」はほぼ、氷温、もしくは氷温と対比構造がとられていると解釈息の根を止めかけられたのでここにメモします。

自分用です。
記憶力はないのでご容赦ください。


一応この記事に書いてはいるけれど、これは個人的な感想なので参考になりません。

 

dont-believe-in-me.hatenadiary.com

 

まず加藤シゲアキと彼を模したJrが対面するところから始まるこのソロ。
2人ともサングラスをかけ、同じような格好をしていて表情はわからない。
それはまるで鏡のような。
「鏡越しの君」「知らない顔してる」

2人がほとんど同じように歌って踊る。
初日はずっと二画面だった気がするんだけど、2日目昼は最初の「やめにした」以降は一画面になりましたね。(気のせいだったらごめん!)
最初の目論見通りずっと二画面だったら「対比」をもっと色濃く示せたんだけど、あれかな、もっと顔を見せろ的なクレームw


ともかく2人はずっと同じように歌って踊るわけだけど、「Woo....」以降の間奏部分で邂逅する。
社交ダンスのように手のひらを合わせ、お姫様抱っこでくるくる回される「君」。

そして、この間奏以降「君」だった何かははじめ「僕」がいた場所へ行き、「僕」は「君」が座っていた椅子(Jrが椅子をやってくれてんのめちゃくちゃありがたいですね)に座り、君が履いていたハイヒールを履く。
そして、「僕」はサングラスを外し、最後に一言「氷温」と呟き暗転。


最後の「氷温」、そう!CD音源だとホラーとか言われてたアレっすよ。女の人の声だったのがコンサートではばっちり彼が「氷温」って言うわけです。ハイヒールを履いて。
ここで、ハイヒールを履くことで加藤シゲアキ(この曲の主導権)が「女」になったことで主人公が入れ替わった、つまり「女声」パートを歌うのも「女」役を演じる加藤シゲアキで正しい、みたいな。

 

カカオ2018の話をしましょう。

テーブルにはチョコレートとショットグラス。

ショットグラスの時点でsweet Martini匂わせやんけってのはさておき。

氷温で用いていたハンドランプ(カカオではライトスタンドに変更)の明かりをつける。

 

そして、ソファに座ったまま歌いだす。(椅子をつかった演出は2007年のカカオ初披露時を踏襲したものでしょうね。それはそれと昔のカカオは10代の男の子が背伸びしてる間がとてもかわいいので「
Never Ending Wonderful Story」を見てください。ペロい。)
ここでポイントなのは、「氷温」では最初Jrがはいていたハイヒールを最初から加藤さんが履いているということ。
「氷温」は男性目線の恋人との別れ話であるのに対し、「カカオ」は女性目線の失恋ソングであるからにして、まずここでリンクする。

「テーブルに落ちてしまった氷が溶けてく」のを黙って眺める男、「溶けかけたチョコレートを舐めて汚れた口」の恋人をなじる女。
どちらも離れ行く恋人のメタファーであり、曲タイトルのもととなるフレーズ。

話はそれますが、実際にチョコレートで口を汚しているのがえっちすぎて無理。(と同時に、「あなた」も歌い手も加藤シゲアキにならない?と思うのですが、どうなんだろう。氷温における新藤君をひとりでやったか、あるいは、最初ステージ上で別離していた恋人と氷温くんとは逆に、カカオちゃんと恋人くんは両方加藤シゲアキに内包されているのか?)


うんざりよ!で歯を見せるのがかわいすぎて脳が溶けた。
どこまでも無表情(何なら初日はサングラスかけて表情を読み取れなくしてた)な氷温に対し、色気の中にもかわいかったり切なげな表情が見えるのも対照的。

氷温の間奏はペアダンスな一方、カカオではソロダンス。
脚の動きとかターンとか「氷温で見た!!!!!!!!!!!!!」って興奮したのでダンス自体リンクしてるのかもしれない。
円盤早くください。

 氷温で最後に消えるランプはカカオではつけっぱなし。

 


その後のAVALON→IT`s YOUの流れはEPCOTIAツアーと一緒。
そこから鑑みるに、やはり加藤シゲアキ氏は今回のカカオと氷温をある程度リンクさせている。
AVALONありきかカカオありきかは彼のみぞ知るだが、少なくとも氷温の代替品およびパラレルセットリスト的扱いでカカオを選曲したのは自明ではなかろうか。
ファンの中での往年の人気曲だというのもあるだろう。けれど、「ファンを喜ばせるため」だけのそこまで考えなしなことをするとも思えない。
つまりはカカオありきの氷温……否、氷温ありきの今回のカカオだったのではなかろううか。

9月手後さん、10月増田さん、12月小山さんときて、加藤シゲアキまでどうして8ヶ月も開いたか。
それは、この氷温ありきのカカオおよび3曲をやる上でEPCOTIAツアーが終了している必要があった。ゆえに、ここまで待ったといっても過言じゃない。氷温熟成だけにってか?やかましいわ。

 


それに気づいてしまったときに、私配布や尊敬よりも恐怖に近いものすら感じた。
この人はどこまで賢いのだろう。
いや~~加藤シゲアキめちゃくちゃ怖い!何者?

「氷温」演出超解釈①

NEWSLIVETOUR2018「EPCOTIA」内「氷温」の演出について、友人に解説して!って頼まれたのと、自分用にどういう演出なのかなー?と考えてまとめます。
ただ解説にはなってないですすいません。
考察ではなく解釈メモです。
私が感じたことをこねくり回して解釈するのみ。細部まで見れてないのであくまで自己解釈。
歌詞を噛みとくタイプでもない(というか今回想像の真逆を来られたので歌詞と紐づける段階に行きついていない。5月以降に完全版を書けたら書きます)し、モチーフによる裏付けに基づく明確な考察が読みたい方は他を当たってください。

あとはもちろん演出バレがありますので、EPCOTIAツアーに今後参加予定がある方は見ない方がいいです。
初見は他人のバイアス通して見るのダメ絶対。







OK?






第一に、「Don’t believe in me」をどう訳すかっていうのが問題ですよね。
曲だけ聴くとお洒落なジャズ調の失恋ソング。では、直訳の「俺を信じないで」、ないしは「僕を信じないでよ」、そこから跳躍して「僕を愛さないでよ」あたりかな。


もう僕の元から心が離れ行く君(もしくはいなくなってしまった君)、「愛」という嘘を重ね、それをお互い信じるくらいなら愛さないで欲しかった、愛さないでよ、みたいな。
曲だけ聴いた印象だとそんな感じ。心が離れ行く恋人へのラブソング。


んで、演出を見た上で私がこのフレーズをどう訳すかというと「君は誰なの?」

この演劇(と称するよ私は!EPCOTIAという戯曲の中の劇中劇だこりゃ。機内映像と呼んでも差し支えない!)のストーリーとして今のところ考えられるのは「男女による主導権の取り合い」、もしくは「ピンクとグレーやESCORT的な同一化の話」


まず加藤シゲアキと彼を模したJrが対面するところから始まるこのソロ。
2人ともサングラスをかけ、同じような格好をしていて表情はわからない。
それはまるで鏡のような。
「鏡越しの君」「知らない顔してる」

2人がほとんど同じように歌って踊る。
初日はずっと二画面だった気がするんだけど、2日目昼は最初の「やめにした」以降は一画面になりましたね。(気のせいだったらごめん!)
最初の目論見通りずっと二画面だったら「対比」をもっと色濃く示せたんだけど、あれかな、もっと顔を見せろ的なクレームw


ともかく2人はずっと同じように歌って踊るわけだけど、「Woo....」以降の間奏部分で邂逅する。
社交ダンスのように手のひらを合わせ、お姫様抱っこでくるくる回される「君」。

そして、この間奏以降「君」だった何かははじめ「僕」がいた場所へ行き、「僕」は「君」が座っていた椅子(Jrが椅子をやってくれてんのめちゃくちゃありがたいですね)に座り、君が履いていたハイヒールを履く。
そして、「僕」はサングラスを外し、最後に一言「氷温」と呟き暗転。


最後の「氷温」、そう!CD音源だとホラーとか言われてたアレっすよ。女の人の声だったのがコンサートではばっちり彼が「氷温」って言うわけです。ハイヒールを履いて。
ここで、ハイヒールを履くことで加藤シゲアキ(この曲の主導権)が「女」になったことで主人公が入れ替わった、つまり「女声」パートを歌うのも「女」役を演じる加藤シゲアキで正しい、みたいな。


そこから考えられるのが、「メインステージに居る側が主導権を握っている」or「加藤シゲアキが演じている方が主導権を握っている」のでは?
という仮説。
サブステにいるのが「僕(男)」であり、メインにいるのが「君(女)」であるのは一貫してる。
それが途中で入れ替わると同時にスポットライトが当たるのもサブステ→メインになる(そりゃそうだよ、加藤シゲアキのソロなんだもん)という構図において、「僕を愛さないで」と歌っていた男が主人公かと思いきや、「君の熱の鈍さ」以降は女性目線なのかな?とか

サビは元の主人公目線なんだけど、
「時が止まればと願ってる」
「二度と会えないのなら月明かりで抱きしめて」
お互い目線の未練なのかな?とか。

主導権が、主役が、目線が、男から女に移る、みたいなイメージ。
それを明確化したのが最後のシーンってだけで間奏以降入れ替わってるんじゃないかなーと思う。



「ピンクとグレーやESCORT的な同一化の話」

これはもう私の趣味の話なので、超解釈が過ぎるぞ!って読み流していただいても大丈夫なのですが、わたしはこっちの解釈のが好き。

さて、あなたはESCORTのMVは見たことがありますか?見たことがない?
今すぐ見てください。
見てないならこの話を読むより先にESCORTのMVを見て来てください。話はそれからだ。
「NEWS LIVETOUR2015 WHITE」だよ。Amazonで買ったら明日には届くからね。
通常盤を買うといいよ、メイキングが付いているからね。



ESCORTのMVの簡単な復習(というかわたしの考えるESCORT観)

・曲の世界観に合わせ女性をエスコートするのではなく自分で自分をエスコート
・自分の幻覚のようなものにエスコートされて一歩踏み出す
・AとB二人の自分がいる(BはAの幻覚)
・A(給仕衣装):過去に女性と別れた痛手をまだ引きずっており、なおかつ仕事も機械的にこなしている。
・B(白衣装):「ちょっと踏み出せよ!」といった感じで誰もいない舞台で踊る


本来の加藤シゲアキであるAが白衣装のBに出会い紫煙を吹きかけられたことによって、Bの置いていった帽子を被ってマイクに口をつけ息を吐く、ところまでがESCORTでしたね。
つまり、A(給仕)がB(白衣装)になるのがESCORT。

ピンクとグレーでりばちゃんがごっちを演じるうちに彼の本心や真実を知っていって最後にはりばちゃんがごっちになるエンドのような、同一化。


「氷温」も、最初は見つめていた相手(B)の履いていたハイヒールを最後には加藤シゲアキ(A)が履いて、Bが居た椅子に座り本来Bパートであった女声パートのセリフを吐く(そしてBは最初Aがいたステージにいるのである)

同一化、というよりはAとBの入れ替わりに近いのかな。
ただ、彼女は僕自身であり、僕は彼女自身である、というような帰結にも思える。
そこで「Don’t believe in me」が「(知らない顔をしてる)君は誰なの?」(それは僕だ)になるんじゃないかな?と感じました。
だからJrも加藤シゲアキも同じような目立たない衣装だし、同じように顔が見えないサングラス(Jrの方はサングラスというより黒い板が貼り付けられてるみたいでなんかかわいそうだ)で、まるで「加藤シゲアキが2人いる」ように振舞ってるんじゃないかなぁ。
僕は君で君は僕だよ。
同一化(入れ替わり)をわかりやすくするためのハイヒールなんじゃないかな。





とりあえずここまで。
「あやめ」がめちゃくちゃわかりやすかった分、「氷温」が難解で辛い。
難解だけど個人的にはめちゃくちゃ好き。ただ「サングラス外せや」って言えないのが辛いね。来年はサングラス無いソロがいいな笑
わたしはあなたの顔面が好きです。


今のところの解釈予想として「男女の主導権の取り合い」ないしは「同一化(入れ替わり)の話」ってところまでは推測できてるんだけれど、細部を見ると変わる気がする。西正面かアリーナ西側の細部を見れる席をくれ。
全然解説にならなくてごめんよ友人。